📕繊細に生きることの価値(能力)
繊細、って言葉も聞きたくないくらい、もう繊細を辞退させてほしい。何も気にせず竹を割ったようにパカーンて豪快に行きたい。って何億回思ったか。
繊細に生まれてよかった。
って安心して、誇って、大切にしてほしい。
そう感じてもらえるように願いを込めて書きました。ぜひ読んでみてほしいです。
世界のいろいろなことをきめ細やかに、奥深く感じ取れること。それは紛れもなく素晴らしいこと。そのことにとても疲れてしまっているときは、感じたその感覚にひたる時間がないとき。極上の温泉が目の前にあるのに、シャワーで済ませる感じ。
余白がないときは、なにも受け入れられないもんね
今時間がないだけ。今その状況ではないだけ。なのできめ細かに感じることそのものをうらまなくても大丈夫。感じた感覚を味わってられないときは邪魔でしかないし、余計なエネルギー使っている感じがするし、もっと気にしなくて生きたいと願ってしまうけど、「今は」その余白がないだけ。
なので、そう生まれたことをうらまないであげてほしいです。ほんまに宝物なんで。
シロなんて、この感覚を味わいたくて味わいたくて、でもできなくて、何回も何回も何回も繰り返し見たり、聞いたり、触れたりしないといけないんです。きめ細かくも奥深くも感じ取れなくて、すぐ忘れるし、平面しか捉えられないから、何回も繰り返すしかない。
そだよー
映画を見て主人公の気持ちにリンクできるし、本の中に住むこともできる。雨の周波数にのって自分の中に沈むことも心地よいし、動画でもわんこのふもふを感じることもできる。ただ食器を洗うことや洗濯することでさえ、陶器のあたたかみや綿のやさしさに触れることができる。
それを自分が望めはすぐにできること、その能力があること。それは本当に素敵なことで、それが自然とできない人がいて、その人はあなたを通してそれを感じようとしている。あなたの繊細さを待っている人がきっと近くにいる。
そだよー
些細な事からこのきめ細かい感覚を得れないから、人は特別を求めている。と思う。特別な場所、特別な映像、特別な装置、特別ななにか。をずっとずっと求めてる。
その特別な感覚は、クロの中にすぐあって、クロが満ちれば溢れ出てくる。その溢れた分を外に向かって表現することができれば、シロがその特別をゲットできる。ゲットしたシロはどうしても黙ってられないからもっと外の世界に拡大させていく。そうやって世界平和のできあがり。
なので、繊細に生まれたことうらまないであげてほしい。うらむ時があってもいいし、仕方ない時がある。そんな時にシロクロ論もあなたがこれでいいんだと帰って来れるきっかけの一つになりたい。
そうだねー
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